秋月地区は歴史的に特色ある発展をしてきました。

1203年鎌倉時代の初めに、秋月種雄(たねかつ)が将軍源頼家から秋月荘を拝領して以来400年間、秋月一帯は秋月氏の領地として経過してきました。秋月氏は古処山城を築き、幕府に従って領地を治め元寇の時には従軍しました。
室町時代になって戦国乱世の頃には、秋月氏は周囲の領主と合戦を繰り返して領地を拡張し勢力を伸ばしていきました。しかし、豊臣秀吉の天下統一に抵抗した秋月氏は、秋月の領地を没収され日向国高鍋(ひゅうがのくにたかなべ)に移されました。

その後、江戸時代になって黒田長興(ながおき)が秋月5万石の領主となり、秋月に城を築き城下町をつくりました。城に近い下野鳥・今小路(いまこうじ)・浦泉一帯には身分の高い武士階級の大きな屋敷が建てられ、身分の低い武士達は町のところどころに、組ごとにまとまって長屋などに住んでいました。新富・中町・魚町一帯には、町家が立ち並び商人や職人が働いていました。そして、上秋月と安川地区は城下町に隣接する農村として位置づけされ、秋月城下町と一体的に発展してきました。

黒田氏の秋月藩は、江戸時代が終わるまで約250年続きました。
江戸時代の中頃から秋月では、学問や芸術が盛んになり、著名な学者・医者・画家などが現れました。
また、産業が発達して江戸や大阪でも有名になるような秋月特産の商品が生まれました。葛や川茸などの名産品は現在も生産を続けています。

明治時代に入って秋月藩がなくなると、”秋月千軒の賑わい”と謳われた城下町秋月は、人口が急速に減り家屋敷も壊されて衰退していきました。
しかし、秋月の町並みには今も城下町としての特徴が残り、優れた史跡や景観がたくさんあります。
近年「筑前の小京都」といわれ、これらの史跡や景観が観光地として脚光を浴び多くの人が秋月を訪れるようになりました。



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